出産後、いつまでも気分が落ち込んだり、イライラしたりする…それは産後うつかもしれません。
「産後うつ」になる背景として、女性ホルモン分泌の著しい低下や生活の変化などが挙げられます。
産後うつの症状や原因、対処法について、対馬ルリ子女性ライフクリニック銀座の院長で産婦人科がご専門の、対馬ルリ子先生にお伺いしました。
産後うつとは?

産後うつとは、産後の女性ホルモン分泌の低下や生活の変化によって、気分の落ち込んだ状態が続き「うつ病」と同様の症状が出てしまうことです。
ここでは、産後うつと混同されやすいマタニティーブルーとの違いをはじめ、産後うつの診断基準や産後うつになりやすい人について解説します。
産後うつとマタニティーブルーの違い
マタニティーブルーとは
マタニティーブルーとは、女性ホルモンの急激な減少、母親となる責任感、生活の変化などによって起こる、一時的な気分の落ち込みのことをいいます。
妊娠中に気分が落ち込むことも「マタニティーブルー」と呼ぶため、産後の気分の落ち込みを「ベビーブルー」と区別することもあります。
産後3日~5日頃に症状が出てきて、短い時で数日、長いと数週間続きます。涙もろくなる、気分が不安定になる、不眠になる、などの症状が出ます。
たいていの場合、それらの症状は一時的なもので、女性ホルモンの分泌が元に戻るにつれて、赤ちゃんが生まれた喜びや、育児を頑張ろうというポジティブな感情を抱くことができ、2週間ほどすると少しずつ落ち着いてきます。
産後うつの診断基準
落ち込みが続く期間
気分の落ち込みが2週間~1カ月以上にわたって続く場合には、「産後うつ」の可能性があります。
産後うつは、初産のときに特に起こりやすく、産後1カ月を経過しても、うつ状態が改善されません。この状態を放置すると、産後3~6カ月で症状が深刻化して、医療機関の受診が必要になるケースも多くみられます。
治療を受けなければ、症状が数カ月から数年に及ぶ場合もあり、マタニティーブルーとは大きく異なっています。
気分障害以外の症状がある
産後うつは、うつ病の一種として分類され、診断基準はうつ病と共通しています。
「抑うつ気分(気分の落ち込み)」「過度の不安」などの気分障害に加えて、「不眠」と「体重の変化」が見られる場合、産後うつと診断されます。
産後うつになりやすい人とは?
マタニティーブルーは産後女性のほとんどが経験しますが、産後うつを経験するのは産後女性の1割程度です。
マタニティーブルーになった女性が、産後うつまで症状が進むかどうかを予測するのは難しく、現在は、予防法はありません。
ただし以下の特徴がある人は産後うつになりやすいといわれています。
- 妊娠中や妊娠以前にうつ病を経験している
- 身近な人が亡くなったり、離婚や失職したりなど大きなストレスがあった
- 引っ越しなど環境の変化があった
- 家族や友人の支援がない
産後うつの症状

産後うつの症状には気分の落ち込みや強い不安、不眠など以下のような症状が挙げられます。2週間から1カ月以上症状が続く場合は、医療機関の受診を検討し、適切なサポートを受けましょう。
- 気分の落ち込み
- 強い不安感
- イライラする、落ち着かない
- 無感情
- 不眠、過眠
- 疲れやすくなる-頭痛や肩こりなどの身体症状
- 摂食障害
- 妄想にとりつかれる
- 自殺願望
- 周囲への攻撃的な言動
産後うつの原因

産後うつは主に、出産による女性ホルモン・エストロゲンの分泌量の急激な変化と、産後の環境の変化によるストレスが原因です。
ここではエストロゲンが低下することで起こる変化と、ストレスによって起こる影響から産後うつの原因を説明します。
女性ホルモン・エストロゲンの低下
脳の働きの変化
エストロゲンが減少すると、脳の中心部分にある間脳(かんのう)の働きが高まります。
間脳にある「視床下部(ししょうかぶ)」が、減ってしまったエストロゲンを回復させる際、心身に以下のような大きな変化が起きます。
精神面の変化
脳の視床下部の働きが高まると、下垂体と呼ばれる場所が刺激され、腎臓の横にある副腎から副腎皮質ホルモンが分泌されます。
これは「コルチゾール」とも呼ばれ、分泌されると抑うつ状態が出やすくなったり、不安の症状が出やすくなったりします。
身体の変化
視床下部の働きが高まると、交感神経と副交感神経から成り立つ自律神経のバランスを不安定にします。
交感神経が優位になると、心拍数が上がったり、発汗が促されたりするため、この状態が続くと身体に負担がかかります。
また、エストロゲンの分泌が低下すると幸福ホルモンとも呼ばれるセロトニンの分泌量も減少します。
セロトニンが減ると、睡眠ホルモン「メラトニン」も減り、不眠につながってしまいます。
ストレス
産後うつは家庭の中や社会的な役割の変化によるストレスでも引き起こされます。ここでは、産後のストレスの原因をまとめています。
家庭内のストレス
出産後は、母親にさまざまな心理的なストレスがかかります。子どもを持つ責任感が出てくるほか、夫や家族の支援を受けられなない場合、孤立して一人で多くの家事や育児に忙殺され、心身の負担となります。
育児や家事がうまくいかないときには、自分が悪いのではないかと自責的な感情も出てきます。孤独感が強まると、自分が不幸せであるように感じ、悲観的になりやすくなるのです。
社会的なストレス
出産後は、家族や友人との関係の変化や、職場での立場の変化(休職や退職)があります。そうした人間関係や社会との関わりの変化がストレスの要因になります。
家族やパートナーができる産後のケア

出産後は、育児の忙しさなどもあり視野が狭くなりがちです。全部自分で背負わず、周囲の助けを借りることは大切です。ここでは出産後の母親に対する夫や家族の関わり方を紹介します。
夫や家族の協力
産後女性は不安や抑うつなどを抱えがちです。さらに、夫や家族に頼れない状況で「ワンオペ育児」と呼ばれるような、負荷が過多になった状態になるケースもあります。
夫や家族の姿勢としては、傾聴と受容を意識しましょう。普段起きたことなど、日常会話にも耳を傾けていくようにします。産後女性の立場にたって共感し、ねぎらう気持ちが大切です。
一生の中でも特に心身ともに弱ってしまう時期であることを念頭に、温かく接して産後女性の孤独感を和らげることで、心理的、社会的なストレス耐性につながっていきます。
産後うつの対処法

産後うつは、医師による心理カウンセリングなどのサポート、症状が重い時には薬物による治療で対処します。
産後うつの疑いがある場合は、自分一人で対処しようと思わずに医師の診察を受けることが重要です。
また、医療機関へ行くことが難しい場合や迷っている場合に利用できる相談窓口もあります。
相談窓口
相談窓口は、全国各地にあります。電話やメールで相談できるところも多いので、気軽に相談してみましょう。
NPO法人の相談窓口
出産した女性をサポートする取り組みをしている団体は、それぞれの地域にあります。
そうした団体の集まりに参加し、同じ悩みを持った女性同士で話し合う機会を持つことは、社会的なストレスの緩和にもつながります。
「NPO法人女性医療ネットワーク」では、女性特有の問題解決に取り組む医療機関を紹介しています。
心理カウンセリングを含む専門的な対応を受けられる場所を知ることができるでしょう。
行政の相談窓口
各都道府県の保健所や、「女性センター」と呼ばれる公的な施設が相談窓口を設けています。
産後うつに対応できる施設の紹介や育児中の女性同士のネットワークの紹介、産後のドメスティックバイオレンス問題に対する相談などを受け付けています。
看護師を含めた専門知識を持った人が対応しているので、妊娠にまつわる不安や悩みを相談することができます。匿名での問い合わせもできるようになっています。
医師による診断
産後うつが疑われるときには、一人で悩まずになるべく早くに医療機関での相談を考えることが大切です。
出産後は、産科の医師との関係が途切れてしまうことも多く、医療関係者のアドバイスを受けづらくなります。
しかし、出産後に身体的・精神的な問題に悩む可能性は高いので、まずは、かかりつけの医師のような身近な医療機関に相談することも考えられます。
医療機関では以下のような対処が行われます。
ホルモン補充療法
低下したエストロゲンは、女性ホルモンの作用のある薬剤をバランスよく含む低用量ピル(経口避妊薬)によって補うことができます。
避妊にも使われる飲み薬ですが、産後うつにも有効となります。ホルモンや自律神経の変化の根本にはエストロゲンの低下があるので、ホルモンを補充することで症状を軽減できます。
抗不安薬、抗うつ薬
不安や抑うつの症状に対しては、うつ病の治療に使われている抗不安薬や抗うつ薬を使うことで症状を軽くすることができます。
<相談窓口>
NPO法人女性医療ネットワーク
http://www.cnet.gr.jp/
全国の女性健康支援センター一覧
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/boshi-hoken/boshi-hoken14/
<参照>
「はじめての「女性外来」」対馬ルリコ(PHPエル新書)
「妊産婦メンタルヘルスケアマニュアル」(日本産婦人科医会)
「妊産婦メンタルヘルスに関する合同会議2015報告書」(日本産科婦人科学会)
「カプラン臨床精神医学テキスト第3版」ベンジャミン・J・サドックなど編著・井上令一監修(メディカル・サイエンス・インターナショナル)
「NEWエッセンシャル産科学・婦人科学」池ノ上克ほか編(医歯薬出版)
「ハリソン内科学第5版」デニス・L・カスパーほか編・福井次矢ほか監修(メディカル・サイエンス・インターナショナル)
「今日の治療指針2017年版」福井次矢など編(医学書院)
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